青山学院大学鉄道同好会公式ブログ

青学鉄道愛好会の公式です。ほんとに公式です。ゆるめで運営してます。生暖かい目で見守ってやってください。最近は結構真面目になって来ました。いつでも入会歓迎します。ツイッターのアカウントは@agu_railwayです。入会希望の方は、ここにDMを下さい。また、文句や意見、感想などありましたら、お気軽に、どしどしコメント欄にお寄せください。よろしくなのです。ほらそこ、ほとんど個人ブログやんとか言わない。

novembre 2017

続きに入りましょう。

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2日目、湯田中発は7:16。信州中野行きは3500系N8編成でした。
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長野方を見るとかなり勾配があるのが分かります。山もきれいに見えますね。
この日は利用調査をしていました。
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信州中野手前には木島線の跡が。平成14年に廃止になった木島線こと河東線。廃止から14年たちましたが、こうやってまだ名残があります。
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信州中野に着きました。8500系が着き、3500系と並びます。東京時代は並びそうで並びませんでしたね。営団3000系の営業終了は平成6年、伊勢崎線と半蔵門線の直通開始は平成15年でした。
ここからは特急で長野へ。長野行きB特急スノーモンキーは2100系E2編成。車内はシートの向きが固定されており、ヨーロッパのICEやTGV、ICなどの座席を彷彿とさせます。ですが、湯田中方先頭車のクハ2150形のみはリクライニングも生きており、シートも回転できます。
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昨日須坂にいた3500系O6編成はそのままの位置にいました。OSカーとED5001が解体されてしまったので、新たな須坂の主といった感じです。O6編成は廃車されてますから、もう移動することもないでしょうか。
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須坂を出たところの留置線にはE1編成がいました。塗装変更したE2編成とは異なり、E1編成はN'EX時代のカラーを維持していますね。
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千曲川を渡ります。善光寺平の真ん中を流れる千曲川はやがて犀川と合流して信濃川となり、そのまま越後平野を抜けて新潟で日本海に流れ込みますが、この地点でも既に大河といった感じです。
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長野に着きました。E2編成を撮ります。
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8500系T4編成が向かい側に止まっているので、それと並べて撮ります。この編成はスカートが設置されず、代わりに元からの先頭車のため、貫通扉があります。そのため、車番が前面帯中央部にあり、更に運転台上側の表示器もあります。
ここからJRの駅に向かいます。
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しなの鉄道115系のS7編成がいました。昨日は撮れなかったので、ここで何とかカメラに収めることが出来ました。新信州色もいいですが、初代信州色もいいですね。何というか、電車の色、といった感じがします。
他のメンバーが電車をさらに撮りまくっているところで、自分だけ駅前のバスを撮りに行きます。
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ブルーリボンシティハイブリッドがいました。特別塗装になっているようで、かなりシャープな塗分けです。少し東武グループっぽいかも?
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アルピコのエルガが回ってきました。長電だけじゃなく、アルピコも顔を出すんですね。
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2代RJと7Eの並びです。RJはこの後ブルーリボンシティハイブリッドの横に止められて留置されました。
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ブルーリボンシティハイブリッドの公式側。何だか光が当たってかっこいいですね。
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ボーっとしていたらアルピコのキュービックが。慌てて撮りました。逆T字窓になっているので近代的な印象を受けますが、折り戸なあたりはちょっと古めの印象も受ける、折衷的な車です。
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ブルーリボンシティハイブリッドとRJの並び。同一メーカーの車ですが、サイズの違いが際立ちますね。
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7Eが回ってきました。大都市部ではほとんど消えてしまった7E車ですが、地方に出るとまだ結構います。とは言え、実は都バスにもまだいるんですけどね。特に都バスの北営業所には、新7Eグループとは言え配置があり、たまに東京駅丸の内北口まで顔を出します。
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駅前を行きかうバスたち。ほとんどアルピコですね。エアロスターが駅前に入ってくるところ。MP35でしょうか。MP38も結構各社に広がってきましたが、まだまだ35世代も多いです。この間の豊橋にも大量にいました。
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ぐるりん号のポンチョです。最近のコミュニティバスやこういう市内循環バスはほとんど新型ポンチョになりました。
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ああ、ジャーニーがこっち来なかった・・・向かってくると思ってたんですよ。全部が全部こっち来るわけじゃないのか・・・
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新型エルガも来ました。アルピコは三菱系列もジェイ・バス系列も双方導入しているんでしょうか。それとも三菱は35世代で導入をやめたのかな?
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その後ろは長電のエルガミオ。じきにRJを置き換えるかもですね。とは言っても、これは新型のエルガミオではないですが。
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新型エルガが回ってきました。こうして見ると、やっぱりシャープでかっこいいです。
そろそろ構内に戻りましょう。
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コンコースは明るく、かつてとはかなり印象が違います。こういうところでも、かつてとの違いを感じます。
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おいこっととリゾートビューふるさとの表示が並びます。東は臨時快速が多いですね。
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リゾートビューふるさとのHB-E300系第2編成。編成番号はないようですね。
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115系S10編成が入ってきました。JRから115系が撤退したとしても、まだまだしなの鉄道編成が多く在籍しているので、そんなに少ない印象は受けません。
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さっきのS7編成と211系が留置線で並びます。並ぶと言っても結構遠いですが。
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こっちはHB-E300系と383系の並び。383系も何度か乗ったことがあります。車内から姨捨の夜景を眺めたのはいい思い出です。
さて、ここからリゾートビューふるさとに乗って南下します。
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さっきのS7編成を車内から。幕は普通ワンマンのまま変わってません。
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篠ノ井だったと思います。タキが構内に並びます。
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段々姨捨に近づくにつれて、善光寺平が眼下に広がってきます。
スイッチバックをし、姨捨へ。ここで長時間停車です。
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久々にここに来ました。少し向こうに靄がかかっていて、それがまたいい感じに見えます。
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対向の211系が来ました。考えてみれば、定期の普通電車でもスイッチバックするわけですから、結構大変ですね。
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姨捨の駅名票も特別製。初めからこのデザインだったのか、それとも観光地として確立されてからこういうデザインになったのか。
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211系が発車していきました。向こうの景色と絡めて撮ってみます。
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のりばには石碑がありました。これは前からありますね。
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姨捨を発車。車内で売っていた信玄餅アイスを食べます。きな粉アイスに黒蜜と餅の入ったもので、きな粉に黒蜜がいいアクセントになり、そこに加わる餅の食感が楽しい一品でした。
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松本に近づくにつれて山が見えてきます。上高地の山々でしょうか。山頂には雪が積もり、中々にきれいです。
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松本に到着。発車票には臨時快速の文字がありますが、フォントサイズが小さいですね。それから、L特急はちゃんと表示されるようです。もうL特急を名乗っているのも東海のみで、しなのとひだ、しらさぎのみになりました。あ、しらさぎは一応西ですね。
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中津川方面からの313系。313系も地味に結構東京の近くまで来ますね。一番近くは国府津でしょうか。その他にも熱海や甲府などにも姿を見せます。
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E257系の付属編成が入れ換えてきました。クモハE257が顔を出します。簡易運転台しかないのにどうしてクモハを名乗るのか、正直よくわかりません。例えばモハ164の500番台やサシ481などは、入れ替え用簡易運転台があっても絶対にクとは名乗りません。JR東の独自基準なんでしょうか。
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クモハE257とE353系の並びです。E353系は結構各地にいました。
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今度はE351系とE353系の並び。すぐにE351系は引退しそうです。
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211系が来ました。これは電連がありませんね。6連車は併結の必要性がないのでついてないんでしょう。
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この電車は高尾行きでした。松本から高尾はかなり遠いですが、こういう電車は中央線では結構多いですね。高尾発長野行きが設定されたことも話題になりました。ただ、その長距離をオールロング車で乗り通したくはないですね。
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E351系が来ました。引退するまでに撮っておかなければいけません。
そろそろ松本を出ます。列車は大糸線に入り、一路南小谷を目指します。
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大糸線は篠ノ井線よりも更に山が近いです。車内では語り部のパフォーマンスも行われています。
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穂高で長時間停車します。ここで少し駅から出ます。
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穂高神社へ行きます。遷宮が行われてからあまり時間が経っていないのか、社殿は割合新しそうでした。
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お参りをしてから駅に戻ります。また列車を撮り、そのまま車内に戻ります。
このまま南小谷に行くもんだと思って、穂高と信濃松川の間でデッキに出て走行音を録っていたら、どうやら他のメンバーの間で、時間がないため信濃松川で折り返すということに決まったらしく、他のメンバーが、自分の荷物まで持って客室から出てきました。慌てて列車を降りました。
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信濃松川に着き、ここで松本行きを待ちます。
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踏切警報器などが束ねられて置かれていました。
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側線に止められた保線機械が妙に良かったので、写真を撮ってました。
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駅舎内に掲げられた時刻表。それが貼ってある掲示板の上にJNRマークが残っています。Nにあたる場所だけ消して、JRを表現したんでしょうか。こういうのは初めて見ました。
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松本行きが来ました。211系ナノN308編成。大糸線の今の車はE127系100番台のイメージがありますが、211系の運用もあったんですね。
大糸線と言えばスカイブルーの省型国電が大量にいました。スカイブルーになったのは20m車のみで、17m車はぶどう色のままでした。基本的に43系や41系がいて、低屋根車が多かった印象です。その中でもクモハ43810は特殊な存在。この車は4両のみ存在したクモハ43の流電合いの子と呼ばれる、半流形、ノーシルノーヘッダー、広窓という形態の車で、原番号で言うところの43038~43041の4両が該当します。このうち43038は戦災廃車になってしまい、43039以降が生き残りました。3両は飯田線に転属。そのうち43040と43041の2両は出力アップの上でクモハ53に編入され、それぞれ53007、53008に改番。そのまま飯田線に残りました。43039のみは低屋根化がなされて43810に改番したうえで大糸線に転属、のちにスカイブルーとなりました。なお、この車はのちに身延線に行ったようです。
この他にもクモハ54の押し込み式ベンチレーター装備車(元仙石線車でしょうか、しかも100番台、つまりモハ60からの改造車だったようです)やスカイブルーのクモハ40、サハ57からの改造車であるクハ55の300番台(しかもノーシルノーヘッダー車がいたというのも聞いたことがあります)など、特異な車両も多かったようです。クモユニ81003もクモユニ81唯一のスカイブルーとして有名でした。
この他、飯田線で有名な存在だったクモハユニ64000がぶどう色時代にここにいました。この頃は機関車代用として使われていたようで、平妻側にも貫通扉がありませんでした。のちに宇野線で運用されるために岡山に転属した際、不便だということで貫通扉が取り付けられました。その後に飯田線に転属、スカ色に塗り替えられました。
また、クハ16の中には霜取りパンタが取り付けられたものもいました。クハ16414だったと思います。ぱっと見クモハ11にしか見えない妙な車でした。
大糸線以外では、周辺線区で見ると、篠ノ井線では80系が、中央線では70系がそれぞれ活躍していました。まあ、70系や80系は新しすぎますから、省型とは言えませんけどね。中央東線などはモハ72の800番台を組み込んだ編成もあり、3扉セミクロスと4扉ロングの混結編成となっていました。73系と言えば屋根が高いですが、800番台は全体が低屋根化されたため、かなり変でした。モハ70の出力アップ車であるモハ71もおり、なかなか特殊な車両が多かったようです。クモヤ90の800番台もかなり多くの形態があり、これがまたかなり面白いのですが、流石に長くなりすぎるのでここで止めます。
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松本に戻り、ここから上高地線で新島々へ。3000系3005F。運よく渕東なぎさラッピング編成でした。
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上高地線の松本の駅名票はこういう感じなんですね。ちょっとJRっぽいです。
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車内LCDに渕東なぎさがよく出てきます。東武の姫宮ななのような感じでしょうか。多分他の編成でもこうですね。
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西松本の駅名票にもなぎさがいました。
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渚はもちろんなぎさ仕様です。
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新村にED30がいました。ライトアップされるのか、電飾のようなものが巻き付けられています。
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奥にはモハ10形塗装の3003Fがいました。モハ10形と言えば、当時岳南や京福、新交など各地に出た、旧来の車両の足回りを流用してバス窓の小型車体を載せた日車標準車体の代表例。松電としても記念碑的な電車です。
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カエルがいました。運用当時はかつての松電バスのような白地に赤と青のラインの入った塗装でしたが、運用末期に東急時代の緑一色に塗り替えられ、そのまま現在も保管されているようです。そういえば、西鉄宮地岳線にカエルの台車だけ行ったことがありましたね。20形が履いてましたが、元々軽量車体のカエル用に作られた台車、普通の電車であり、大牟田線から転属した車両である宮地岳線の車両に使い続けられるはずもなく、一応20形はそのまま最後まで使い切ったようですが、その後は西武から持ってきたFS342台車が使われてますね。なお、20形はカエルの台車を履いた時に新性能化したそうです。313形もそうですが、新性能化なんてよくやりますね。純粋にすごいと思います。
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渕東もなぎさ仕様。別所線もそうでしたが、長野の鉄道は鉄むすを路線をあげてアピールしている感じがします。まあ、渕東なぎさは元から鉄むすだったわけではないですが。
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新島々に到着。向かいには3001Fが留置されていました。
向こう側を見ると、島々まで続いていたころの面影がありました。
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並べて撮ります。いい雰囲気ですね。
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駅前にはアルピコのバス営業所があります。地域的に元々諏訪バスのものだったのかな。RJか初期のブルーリボンのような車もいます。ライト回りが白いため、なんとなく違和感を感じますが、おそらくその系統でしょうね。横のリアが見えている低公害車もその世代の車だと思います。
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横には1世代前のセレガがずらり。この世代の車も最近見る機会が減ってきたので、これはこれで貴重です。
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島々の駅舎がここに移築されています。かなり小ぢんまりとした駅舎です。
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翻って今の新島々の駅舎はバスターミナルも入る立派なもの。上高地の玄関口としてその性格を遺憾なく発揮しています。
さて、なぎさトレインで帰ります。あ、新島々の駅名票撮り忘れた・・・
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新村のさっきのカエルの奥に、木造のダルマがいました。行きにうまく撮れませんでしたが、帰りにリベンジ!でも結果はお察し・・・しょうがないですね。
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ED30の各部を観察します。ボールドウィン製なんですね。大正15年製。思ったより古くありませんでした。
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台車の上に電飾の制御装置か何かの入ったタッパーが。なんとなく生活感を感じます。そして、台車周りの装置や造形も興味深いです。
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松本に帰ってきました。跨線橋からはE257系、E351系、E353系が並んで見えました。
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0番のりば横にある留置線には211系と313系が留置されていました。
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ここからは松本から特急に乗る組と、塩尻に先行し、塩尻から特急に乗る組に分かれました。自分は塩尻先行組。ここから茅野行きに乗ります。E127系モトA6編成。2連で来ましたが、それにかなりの乗客が乗り込み、車内は結局満員に。こういうのは何とかしてほしいです。まあ南松本で結構降りて余裕は出ましたけどね。
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塩尻に到着。辰野行きにE127系のモトA8編成が入ってました。もう123系はいませんね。とは言っても、自分自身辰野線の123系に出会ったのは、スーパーあずさだったかに乗ってた時、既に日が暮れた中央線で突如すれ違ったのが唯一なんですけどね。
そういえば、E127系の100番台が機器更新されているのを初めて知りました。乗ってみたらお馴染みの東洋GTOではなく、IGBTになっていたのにはびっくりしました。
ここで昼食をとります。自分は知りませんでしたが、塩尻には有名な駅蕎麦屋があるんですね。改札内から入るには、扉が激狭で、ものすごく入りづらいという店です。でも改札外からでも食べられるので、そっちで食べます。頼んだのは鴨蕎麦に野沢菜昆布わさびトッピング。鴨がいい感じにうまみを出し、そこに野沢菜昆布わさびのシャキシャキ感とわさびの辛さがいいです。蕎麦もつゆと相性抜群。やっぱり長野に来たらそばは食べるべきですね。
その後、駅前に山賊焼きを買いに行きました。塩尻名物として売り出していましたが、案外見つけにくかったです。観光案内所で教えてもらった店に行くと、テイクアウトができるとのこと(というか、テイクアウトを目的として行ったわけですが)。メンバーで割り勘して2枚買いました。
さて、電車の時間が近づいたのでのりばに戻ります。
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JR東式の駅名票ですが、東海カラーに途中からなります。こういうのは結構境界駅にありますね。
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乗る電車が来ました。新宿行きスーパーあずさ22号はE351系モトS25編成とS5編成。おそらくこれがE351系に乗る最後の機会です。
振り子にものを言わせて結構飛ばします。GTOインバータの音も響かせながら中央線を疾走していきます。
車内でさっき買った山賊焼きを食べます。思ったより薄味で、でもサクサクに揚げられた衣とシンプルな醤油ベースの味付けがちょうどいい。1枚が大きいので、1枚を2人で分けましたが、それでも十分な量でした。
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さて、電車は甲府に到着。ここで乗り換えのために降ります。
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待っているとちばかいじが来ました。E257系500番台が特急とだけ出して来ました。
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幕も特急千葉。単なる種別と化してます。車内は全席指定なのもあってか、かなりガラガラでした。のりばにはかなり人があふれてましたが、この差はすごいです。
自分たちは後続のかいじ118号に乗ります。モトM-104編成。こっちは9連ですが、やっぱり自由席を中心にかなり埋まってます。これで大月まで行きます。
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車中から富士山が見えました。結構長い間見えてました。何ならスーパーあずさに乗っててもすでに見えてました。
大月に到着。ここからは新宿行きホリデー快速富士山に乗り換えます。かいじは大月で大量の乗客を乗せて発車していきました。自由席はかなり立ち客が出てました。
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さて、ホリデー快速は189系トタM50編成。引退が発表されたからか、かなり色々なところでカメラを構えた人がいます。
自由席の車内はそういう事情と、マラソンが開催されたこともあってか完全に満員。立ち客が出ていても更に人が入ってくるという状況でした。
これに乗って八王子へ。新宿まで乗り通すことも考えましたが、八王子で降りることになりました。
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車内のエアコン。これ、車両によって吹き出し口の形状が違うようです。
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八王子に到着。発車票には快速新宿6両とあります。普通の快速みたい。
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M50編成を見送ります。これがこの編成を見る最後だと思います。
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ついでに横に止まっている205系5000番台も撮ります。E231系が入りましたから、これも段々減りますね。
ここで2人抜けるため、解散ということになりました。とは言えまだ5人います。
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発車票に表示が出ました。今度は普通の快速と同じではなく、快速富士山マラソンと書かれた表示。発車時刻は出ませんが。
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来たのは189系トタM51編成でした。この編成は直近で乗ってます。ハイランドから帰る時でした。メンバーの一部は9月に乗ったようです。この愛好会はこの編成に何か縁でもあるんでしょうか。
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行先は快速新宿。こういうところは普通の快速みたいに見えます。
これで新宿へと戻りました。車内はほぼ埋まってましたが、5人全員着席できました。新宿で自分だけ方向が違ったので、ここで解散しました。

今回初の試みだった冬合宿。特に問題はなく全行程が終了しました。
なかなか面白いイベントでしたから、ぜひ来年以降も、と思います。
青山祭からまだ1か月も経ってませんが、イベントの報告でした。
それではまた。
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最近冒頭の文句がネタ切れです。
中々思いつかないので、今回はいっそのこともうすぐ本題に入ることにします。

さて、土日を利用して、愛好会冬合宿に行ってきました。
今年初めて設定された試験的なイベントで、春合宿や夏合宿よりは小規模なイベントです。
週末パスを使って甲信越をぐるっと回る行程で、色々各地の列車を乗り回すということでした。
スタートは高崎。集合が高崎ということなので、高崎線の鈍行で高崎まで行きました。これで来るメンバーも数人いたので、そのメンバーと共に高崎行きで高崎を目指します。E231系コツK-8編成が10連車の方でしたが、生憎5連車の方の車番を控えるのを失念しました。
ほかのメンバーは、この高崎行きに乗る人のほかに、八高線で高崎を目指す人、新幹線で高崎に向かう人、渋川で草津に乗って合流する人、越後湯沢にてときで追いつく人がいました。
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北鴻巣ってこの古いタイプの駅名票が残ってるんですね。知りませんでした。
途中読売旅行のツアーがあったようで、185系と2度すれ違いました。
途中華ともすれ違いました。
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高崎手前でEF60だの115系だの旧客だのを見ました。
さて、高崎に到着。ここからは臨時列車を乗り継ぎます。
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トップバッターは水上行き快速SLみなかみ。この日はC61の牽引でした。
客車は5連で、前(機関車次位)から順に、スハフ32 2357、オハ47 2266、オハ47 2261、オハ47 2246、オハニ36 11でした。スハフ32とオハニ36が入った、高崎でも一番人気の編成内容です。ただ、個人的にはスハフ42が入ってなかったのは少し残念でした。スハフ32は台車がTR23。オハ47もTR23で、オハニ36のみTR52です。スハフ42はTR47。TR47と言えば、優等用にかなり乗り心地を重視した(その代わりかなり重量級ですが)台車のTR40を改良したもので、乗り心地は当時としてはピカ一。その乗り心地を体験したかったですが、途中にスハフを入れると面倒ではありますからね。
ここで少し話題から脱線します。
TR40は主にオハ35の乗り心地を改良したスハ42、およびオハフ33の改良車スハフ41が履いていました。重量記号を見てわかるとおり、基本的にTR23やTR34を履いた35系はオですが、TR40を履いたグループはスになっています。TR47でも同じで、基本的にスハ43やスハフ42が履いていました。スハ43の台車をTR23に交換したオハ47は重量記号がオになっているのでもわかります。因みに、オハ47からさらに緩急車化改造されたオハフ46もありますが、この形式は全車がオハ47に改造されたあとに緩急車化されたため、スハフ42から改造された車はいません。
さて、実はスハ42、スハ43、スハフ42などには軽量化グループが存在しました。車体各所を軽量化し、その結果、TR40やTR47を履きながら、車体記号はオになり、スハ42はオハ36、スハ43はオハ46、スハフ42はオハフ45となりました。オハ46とオハフ45には新製車もいましたが、オハ36にはいませんでした。オハフ45のうち、原形スハフ42の形状をしていた車は新製車のみで、軽量改造グループはオハ46からの緩急車化改造のみが存在しました。因みにスハフ41は全車が台車をTR23に交換したうえでオハフ33に編入されて消滅しています。
旧客の車番で、2000番台に附番されているのは電気暖房対応化改造車です。電暖を取り付けると、当たり前ですが自重が増えます。時々重量記号の境目すれすれにいる形式があり、電暖を取り付けただけで重量記号が上がってしまい、別形式になってしまうものが出ます。オハ36がその例で、スハ40となってしまいました。因みにオハニ36もそうで、スハニ37となりました。
ですが、たまにTR23からTR40やTR47に交換して形式は変えたものの重量記号は変わらなかったスハ32とスハ33という例もあります。スハ32はマニ60と台車を交換したこともありましたが、マニ60の台車は木造客車譲りの旧来のTR11という台車。かなり簡易的な台車で、軽量ではありますが高速運転には向きません。マニ60を高速の荷物列車などに充当するため、高速運転にも向くTR23に交換し、マニ61と改番しました。その際台車供出元になったスハ32とスハフ32はそれぞれオハ53とオハフ35に改番されました。なので、こういう変更事例もあります。
冷房化で自重が増えすぎて台車を交換して軽量化したという例もあります。43系のスロ54は、43系のグリーン車で唯一冷房化がされた形式ですが、最初に試作冷房された際、20系やオロネ10と同じような床下冷房機AU21で冷改されましたが、その際に自重が増えすぎ、マロ55になってしまいました。さすがに重すぎるため、当時履いていたTR47からTR23に交換、スロ54へと形式が戻されました。量産改造車は結局屋根を大きく削って電車や気動車用のAU13を使って冷改。台車は冷改時に交換してスロ54のままとなりました。この時の経験はオロ61(冷改後はスロ62)やナロ10(冷改後はオロ11)の冷改にも活かされています。
この先も語れますが、とんでもない長さになって語りつくせないのでここらでやめておきます。というか、既にとんでもない長さですね。
指定は5号車のスハフ32。結構人気のある車両ですから、ここで乗れてよかったです。車内はニス塗り、1列の電球が並び、床も板張りでかつての姿を伝えます。オハ47は近代化されてますから、床がリノリウム張りなんですよね。
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のりばの発車票には臨快と出ていました。その通りなんですが、妙に違和感がありますね。
さて、汽笛と共に列車は高崎を出発しました。連結器の衝動がもろに来ます。揺れも大きいですが、それもまた一興といったところ。
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115系が留置されている横を通ります。この先も新前橋電車区にも115系が留置されていました。211系に割と置き換わったとはいえ、そこそこまだいますね。そういえば、新前橋には宴もいました。
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新前橋を過ぎると、車窓には赤城や榛名の山々が見えてきます。山に囲まれた農地の中を進んでいくわけですから、結構山が近くにきれいに見えます。このあたりから勾配が出てきているようで、機関車の煙も大きくなってきました。
渋川に着きました。ここで後続に先を譲るために長時間停車します。
焼きまんじゅうが売られていたので買いました。
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機関車周りには人だかりができました。とりあえず自分もキャブの写真だけ撮りました。
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草津が来ました。これに乗ってここで合流するメンバーがいるので、ここで人数が増えました。
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スハフ32のデッキです。結構原形のまま残ってます。さすがに扉は開いたまま走行するわけにもいかないので、扉の施錠装置はついてます。
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分かりにくいですが、ホースから蒸気暖房の蒸機が少し漏れてます。昔は冬になると、客車の床下から蒸気がもうもうと立ち昇るのが風物詩でした。上野や天王寺などでは結構そういう風景が見られましたが、電車化や気動車化によってその光景も過去のものとなりました。
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オハニ36の最後部です。さすがに無線アンテナが増設してあるのは少し違和感がありますが、概ねかつてのままの姿を守っています。
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オハニ36の荷物室扉が開けられており、中を見ることが出来ました。
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スハフ32のヘッダーのリベット拡大。リベット打ちは結構貴重な存在になってきました。かつては国電や機関車にも多かったリベット打ちですが、溶接技術が確立していくにつれてだんだんと衰退していきました。たまにクモハ14などにリベット打ちと溶接が共存するような妙な車もいました。軍艦などはリベットを打ったところが鋼板の境界になるため、そこが装甲の弱点になりやすく、かなり積極的に溶接技術が研究されていたようです。
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乗務員室の内部。手ブレーキが目立ちます。
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スハフ32とC61の連結部です。転落防止用に柵がありますが、走行中は乗務員室になるため、あまり使用はしなさそうです。
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車内に掲げられていた路線図。川俣線が描いてあるので、そこそこ古いものであるのは確かです。川俣線と言えばC12がスハニ35を1両だけ牽いて走っていたのが有名です。スハニ35は特急用客車44系のハニですが、特急用のハニというのが使いづらかったのか、割合すぐに主要な運用から外れ、その後は日中線や川俣線などで細々と運用されていたようです。
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115系が来ました。高崎を後に発車した6連ですが、ここでSLを抜かします。
渋川を発車。山間に入っていき、トンネルも増えてきます。時々煙に乗って灰が飛んでくるので、ズボンに灰が付いたりします。このあたりで焼きまんじゅうを食べました。まんじゅうとはいってもパンのような感じで、味噌ベースのような甘いたれがよく合います。普通は串に刺して提供されますが、列車内で食べやすくするためという配慮からか、箸で食べる方式でした。
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山や川が近くなってきます。もうすぐ終着です。
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水上に着きました。SLとやまどりが並びます。
ここからは越後湯沢行き快速やまどりもぐらに乗り換えます。485系タカYD01編成。
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C61が転車台に向かうために走っていきました。
やまどりが水上を発車し、上越線を下っていきます。じきに湯檜曽を通り、新清水トンネルに入ります。
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土合に着きました。ここで長時間停車します。
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階段を見上げます。ずっと見続けると何だか吸い込まれそうです。上まで登って戻ってきたメンバーもいたようです。
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旧のりばは未だその姿をとどめています。現のりばと旧のりばの間には隙間があり、1か所が橋でつながっています。正直全体を繋げてもよかったと思うんですけどね。
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階段へつながる通路です。独特の雰囲気です。というか、エンジェルビーツに出てきたギルドとなんとなく雰囲気が似ていると感じるのは自分だけでしょうか。
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上り方を望みます。旧のりばは結構有効長があるんですね。旧のりばの線路をはがした跡がよくわかります。
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車内に戻りました。ここからはずっと乗務員室後ろの展望席にいました。
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トンネルをひたすら走ります。スピードはかなりゆっくりで、40km/hくらいです。
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トンネルを抜けました。雪が積もってます。まさに川端の世界といったところ。
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辺りは完全に雪景色です。たまに紅葉しているところもあるので、雪と紅葉のコントラストが見られたりもします。
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途中のスキー場にはスハフ42、スハ43、オハ47を休憩所に使っているところがあります。車内からもその姿が見えますが、線路に近いため、大量に客車が留置されているように見えます。青が明るいのと白帯が入っているとはいえ貴重な43系の大量保存地。一部は解体されてしまったそうですが、未だ多くの客車が休憩所としてですが現役を続けています。
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越後湯沢に着きました。電車は数時間後に折り返すので、それに水上でSLが連絡するんでしょうね。
ここで昼食をとります。自分はつけ麺を食べました。少し酸味のある醤油ベースのスープとしっかりとコシのある太麺がよく合います。時間も押していましたが、スッと食べられる一品でした。
ここで最後の1人が合流。ここからは長岡行きに乗り換えます。E129系ニイA7編成。E129系は個人的に初乗車です。結構越後湯沢から乗る人が多かったのですが、2連で電車が来てしまい、かなりの混雑になりました。とは言え、石打でそこそこ降りたので、まあまあの乗車率になりました。
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六日町に到着。ここで電車を降ります。
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長岡行きを見送ります。かつての国電時代のカラーを思い起こさせる赤と黄色のツートン帯。長岡第二機関区の70系やクハ68がツートンカラーを纏って高崎まで出てきてましたね。クハ68の中には非貫通クハ47(0番台)を種車にした車もいて、それが貫通車と同じ塗分けだったので、かなり違和感がありました。新潟地区特有のタイフォンも有名でしたね。
ここからはほくほく線です。電車は六日町始発なので、のりばに出てくるまで待ちます。
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JRののりばに接近放送が流れたので、何が来るかと思ったら、HK100形の2連が通過していきました。後ろはゆめぞらⅡですね。
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のりばに電車が来ました。HK100形HK100-101と102の2連。直江津行きです。これで直江津まで行きます。
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またJRのりばに接近放送が流れました。今度はE129系の4連車でした。

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ゆめぞらはえちごトキめき鉄道とコラボしているようで、ラッピングされていました。
電車が発車しました。やっぱり速いですね。ぐんぐんスピードを上げて東頚城丘陵を駆け抜けます。ゆめぞら車両での運転ですが、トンネル内でのプロジェクターによる演出はありませんでした。
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今回の経路上にもう一つあるトンネル内の駅、美佐島も通ります。そういえば今回の経路上にはありませんが、さらにもう一つのトンネル駅である筒石もこの付近ですね。
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あっという間に直江津に到着。ET127系に迎えられます。
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向こうにはET122形もいます。JR西日本キハ122形を基に作ったこの気動車。223系譲りの顔が西っぽいです。そういえば、直江津ってのりばの言い方が何番線ではなく何番のりばなんですね。ちょっと親近感が湧きました。
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さて、乗る電車が入ってきました。妙高高原行きはET127系V1編成。トップナンバーです。沿線企業のラッピングなようで、水色基調のラッピングがしてありました。
発車までまだ時間があるので、少し駅を出たりうろうろします。
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駅横の留置線に115系がいました。今やかなり貴重な存在になった新潟の115系。こうして見られただけでも、といったところでしょうか。
さて、そうこうしているうちに発車時間となりました。妙高はねうまラインで妙高高原を目指します。
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途中上越妙高で雪月花に出会いました。こういう列車も最近はかなり増えましたね。
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方向幕の駅名対照表は客室にあるんですね。こういうのは乗務員室にあるものだと思っていたので意外でした。
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妙高高原に着きました。ここからはしなの鉄道北しなの線に乗り換えます。長野行きは115系S3編成。湘南色編成です。
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車内にLCDが付けられてるんですね。妙に進んでいる感があります。ただ、それを除けば割と原形のままな感じがしますから、違和感はないですね。
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途中で信州色のS15編成とすれ違いました。気づけばこのカラーも1編成のみになったんですね。
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長野に着きました。S3編成を撮影します。
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211系もいます。これが多数派になりましたね。前回自分が長野に来たときは7年前でしたが、その時と比べるとかなり様変わりしました。
向こうののりばに初代信州色のS7編成がいましたが、撮ろうと思ったら撮る前に留置線に引き上げていってしまい、撮れませんでした。
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2番のりばに接近放送が流れました。向こうを見るとEH200のよう。カモレですね。
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・・・と思ったらどうやらEF64の回送だったのか、異形式重単だったのか、後ろについていたのはパンタを上げて通電したEF64が1両のみ。これはいささか予想外でした。
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さて、ここからは上田行き快速しなのサンセットに乗り換えます。編成はイイヅナノリンゴラッピングのS11編成。
電車は長野を出ると上田まで止まりません。篠ノ井も止まらないのでかなり速いです。終始かなり飛ばします。途中で窓を開けてみるとかつて乗った快速しもきたを思い出しました。その時車両はキハ40系でした。キハ40系が日が暮れた東北本線をかっ飛ばすのは、夏だったこともあってかなり爽快でした。
途中で横須賀色のS16編成やろくもんのS8編成とすれ違いました。
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上田に着きました。八木沢まいと北条まどかのパネルがありました。
ここから上田交通に乗ります。鉄道会社は上田電鉄ですが、グループはまだ上田交通を名乗っているようですね。今でも今の社名が上田交通か上田丸子電鉄か上田電鉄かどれなのかわからなくなります。
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1000系1001Fがいました。ブレてますね・・・これで別所温泉を往復します。
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この時は1001Fのほかに、まるまどりーむ号1004F、6000系6001Fが運用されていました。これは6001F。7200系の行く末が気になります。
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別所に着きました。レトロないい雰囲気の駅舎です。
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鉄道むすびの広告がありました。これは元々鉄道むすめのエイプリルフール企画で、このほかに城ケ崎なみと外川つくし、久慈ありす、八草みずきの3種がありましたが、まさかの八木沢まいだけ実現してしまい、当時はかなり大きな話題になりました。
別所の滞在時間はかなり短く、すぐに折り返します。
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舞田は八木沢まい仕様の駅名票になっていました。
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こっちは1004Fです。やっぱり6001Fとは大分雰囲気が違いますね。勿論1001Fとも違います。
さて、上田に戻ると、長野に戻るしなの鉄道の電車への乗り換え時間が3分しかなく、急がなくてはなりません。それから、ここで1人のメンバーが離脱、日曜日に用事があるとのことで、新幹線で東京に帰りました。
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上田に北条まどかの自販機がありました。こうしてみると、彼女も鉄むすの一員のような感じがしますね。
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床にかつての路線図を描いたものがありました。丸子線や真田・傍陽線、青木線なども描いてあり、中々にいいものです。特に真田・傍陽線などは雰囲気が好きです。各路線に廃止年が書いてありますが、別所線に∞と書いてあるのもいいですね。地元の人の存続を願う気持ちがしっかりと伝わります。
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長野行きが来ました。S1編成とS23編成の5連。それから初めて知ったんですが、しなの鉄道の115系ってトイレが車掌室になっているんですね。それともそうでない編成もあるんでしょうか。ちょっとトイレに行きたかっただけに、これには面喰いました。
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坂城に169系がいました。前回来たときは169系もいたはずなんですが、見た記憶がありません。
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長野に帰ってきました。北陸新幹線の金沢延伸に伴ってきれいになった長野駅。長電ののりば入り口もまるで大都市の地下鉄の入り口のようになっていました。でも、改札やのりばは変わってなくて、少し安心したり。
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ここからはゆけむりに乗ります。信州中野行きB特急は1000系S1編成。1000系もB特急に入るんですね。A特急のみだと思ってました。
座席は自由なので、どうせならと展望席。最前列ではないですが、眺めがいいです。ただ、真っ暗で何も見えません。運転士が乗り込むのをメンバーは興味深く観察しました。
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横のテーブルに栓抜きがありました。そんなに古い車両ではないですが、こんなんも装備してるんですね。
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須坂に3500系の営団時代の復元車がいました。これって冷房機のっけてないんですね。
信州中野に到着。ここからは湯田中行きに乗り換えて湯田中へ。3500系N7編成です。
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扇風機の真ん中に営団マークを見つけました。こういうのは結構残ってたりしますね。吊革はながの東急百貨店になってましたが、それがもう消えそうになってました。
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湯田中に到着。ここでしばし3500系の撮影タイム。因みに、この折り返しの信州中野行きは湯田中を出る終電です。
改札を出て、ホテルに連絡し、コンビニでようやく夕飯を調達、そしてホテルへと向かいました。

1日目は夕飯が10時を過ぎるというとんでもないことになりました。
とは言えまあ温泉に浸かれましたし、良しとしましょう。
2日目に続きます。
それではまた。
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昨日は久々に天気が悪かったですね。
雨が降るとあまり外に出る気も起きなくなります。
靴も濡れて染みたりして気持ち悪いですしね。

そんなことを言いながら、昨日は遠出してました。
静岡に食事をしに行くという用事で、朝早く家を出て、東海道線に乗りました。
熱海行きはE231系ヤマU530編成。10連でした。
ボックスシートに座りながら西へ下ります。窓が曇っているので外がよく見えません。
というか、天気が悪くて眺望が期待できません。
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根府川は例によってこういう感じ。前回もこんな感じでした。また遠くまで傘を持っていく旅に。
根府川で長時間停車をしたと思ったら、対向で福山レールエクスプレスが来ました。単線区間の交換みたいになってました。
さて、熱海に着きました。
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いつもの伊豆急。8000系A編成とB編成の6連。こういう運用がやっぱり多いですね。
というか、やっぱり貫通しないんですよね。分割の手間がかかるからなのか、JR東とか九州なんかもそういうことが多いです。西も割とそうですね。
ここから浜松行きに乗り換えです。211系シスLL15編成と313系シスT5編成の6連。輸送力に割合余裕があるので、何なく座れました。これに乗って一路静岡へ。
三島で3分停車がありました。
ボーっとしていると目の前に巨大な工場が。富士です。富士の工場はカッコいいです。人気が出るのもわかりますね。
由比を出たころには天気が回復してきて、太平洋の上には晴れ間も見えるように。富士山も見えましたが、雪化粧の下の方は見えても、上の方は雲がかかって見えず。惜しい。
静岡に着きました。ここからセノバまで歩きます。
静岡駅前にクリーム地に赤帯時代のカラーの車がいました。よく見えませんでしたが、割と年式の行った車のようでした。初めて静岡に来た際、こういう車が駅前に結構いたので、車両がかなり入れ替わった今でも、ジャストラインというとどうもこういう世代の車のイメージがあります。懐かしい。
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ジャストラインの貸切車でしょうか。こういうハイデッカー車は最近見なかったので、なんか懐かしいです。
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復刻塗装の新型エルガミオが来ました。フルL車はこのほかにも結構見たので、かなり増えているようです。
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セノバ前に緑のJRバス。さのまるラッピング。JRバス関東の車なので、佐野新都市行きなんかにも使われるんでしょうか。静岡で見ると違和感があります。
ここで5階に上がってさわやかに行きます。さわやかは静岡県内にのみチェーン展開するファミレス。最近げんこつハンバーグで全国的な知名度になりました。
さわやかは結構国道沿いみたいな郊外店舗がほとんどらしく、中々電車で行くのは難しい立地が多いです。その中にあって、新静岡セノバ店は静岡市内のアクセスのいい場所にあって、かなり行きやすい場所です。休みの日でこういう立地なのでかなり混むことを予想し、11時の開店に間に合うように行かないとかなり待つと思ったため、静岡に10時半には着くように行きました。
店に行くと番号券を発券する機械があり、これで番号券をもらい、それの順番によって呼ばれる仕組みのようでした。待っている組数や待ち時間の目安、更に現時点の待ち状況を確認出来るQRコードが印刷されており、他のところで時間をつぶせそうでした。下に降りて、バスを見ることにします。
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バスターミナルが下にあるので、結構バスの本数も多く、よく見られます。
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横には静岡清水線の踏切があり、時々電車が通ります。休日の昼間でも7分間隔で走ってるので、電車を見る機会は多いです。
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リバイバルカラーの新型エアロスターが来ました。緑の方も見ましたが、近くに来なかったので撮れませんでした。
この後は電車を撮るために線路際に移動。
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1000系の午後の紅茶編成が来ました。これは上半分がアイボリー、下半分が紺なので、設計元になった車両が東急7200系なのも相まって、側面は特に上田のまるまドリームみたいです。
向こうにカーブがあるので、そこに近づきます。隣の日吉町が見えます。
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さっきの午後の紅茶が折り返してきました。結構停車時間が短いですね。
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今度はコカコーラゼロが来ました。さっきは2番のりばに入りましたが、こっちは1番のりばに入りました。交互に入るようです。
ここで待ち状況を調べてみると、結構ぎりぎりのようでした。待ち予想よりも早く進んでいるようで、コカコーラゼロの折り返しを撮る時間がなさそうなので、店に戻ります。
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ターミナルに8Eがいました。こういうのがまだいると安心します。
店に戻ると既に呼び出されていました。案内されて席に着きます。やっぱりかなり待っている人が多く、早めに来たのは正解でした。
頼んだのはもちろんげんこつハンバーグ。
しばらく待ちながら周りの様子を見ていると、遂にやってきました。
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これです。元々この2つは1つで、運ばれてきた後、店員さんが半分に切って、仕上げに焼き付けます。ソースは一番人気という玉ねぎソースに。レアでいただきます。
これは旨い。しっかり焼けた外側と、レアになった内側が複雑な食感を演出します。ソースに少し酸味がありさっぱりした味で、ボリュームたっぷりのハンバーグによく合います。
元々1つの塊で出てきたときは、高さがあるとはいえちょっと小さく見えますが、切って仕上げられるとかなりボリュームがあるのが実感できます。何せ250gありますからね。これにライスを付けて1300円弱。思ったより安いです。因みに200gのバージョンもあり、こっちはおにぎりハンバーグという名前です。こっちは単品で1000円行きません。
満足して店を出ます。途中ちょっと気になったので4階のノジマ電機に行きましたが、探していたものはありませんでした。
駅に戻ります。
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セノバの前には駿府城の石垣があります。その向こうには県庁の建物が見えます。なんとなくこういう景色は地方中核都市に多い気がします。
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西工96MCの中尺ロング車がいましたが、これの前扉に自動扉の文字。こういうの残ってるんですね。
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駅に戻った時には雲一つない青空。正午の静岡は爽やかな晴天に恵まれました。傘いらんな・・・
ここでも少しバスを撮りましたが、色々うまくいきませんでした。
改札内に戻り、ここから豊橋まで普通電車を乗り継ぎます。浜松行きは313系シスN3編成。
3連単独の運用でしたが、昼間の静浜間はあまり混まないので、これでも十分空席があります。
途中大井川と天竜川の鉄橋が工事中なのか、これから工事を始めるのかといった感じで、足場を組み始めていました。
大井川を渡った後、右にカーブしながら勾配を上るのが個人的に結構好きです。
浜松に到着。ここからは岐阜行きに乗り換えます。浜松始発の岐阜行きなんかあるんですね。
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311系カキG9編成とG3編成の8連。この区間は8連が入るとかなりガラガラになります。
何はともあれ大垣車の転換クロスはありがたいです。
なんとなく221系に乗ってるような気にもなりながら豊橋へ。
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西浜松にはやっぱりコキが大量にいました。多分新造車です。もうコキ107もこんな車番になるまで増備されたんですね。
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浜名湖は、今回はゆっくりと眺めることが出来ました。湖面が燦然と輝いています。
時折新幹線が通りますが、いまいちうまく撮影できません。
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新居町で何とか、そこそこのものを撮れました。ここは向こうの方にいい感じのカーブがあるので、望遠を使えばのりばからきれいに撮れそうですね。今度来たいです。新幹線はそんなに興味の対象ではないですが、ここまできれいにカッコよく撮れそうだと、やっぱり来たくなります。
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新所原で発車を待つ天浜線。天浜線は掛川~西鹿島間のみ乗ってるので、いつかはこっちにも来ないとですね。
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新所原~二川間で見つけた山です。岩がむき出しになってます。結構名所になりそうな感じがします。
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さて、豊橋に着きました。豊橋で降りるのは初めてです。
まずここから新豊橋へ。連絡通路を通ってエスカレーターを降りればすぐに着きます。
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駅番号がかなり簡易なんですよね。〇の中に数字が書かれるだけという形で、こういうのは初めて見ました。因みに、渥美線のみこうなのかと思ったら東田本線でもこうでした。
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次の三河田原行きは1800系1806F。黄緑のしでこぶし編成です。
シングルアーム化されてました。1800系はパンタ交換が進んでいるようです。
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1808Fが来ました。緑の椿編成。こっちは旧来の菱形です。
ここから30分ちょっとの旅。渥美半島を西進します。
因みに渥美線は15分ヘッド。割と使いやすいです。
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車内から銘盤を見ましたが、形式がデハ7200になってます。変えてない・・・
ここはモ1800のはずですからね。
下の検査銘盤はちゃんと高師車両区となっています。
というか、日付が2017-11になってます。出場したてなんですかね。
風が強いのか、時々あおられたりガタガタ言ったりします。
芦原あたりから遮るものがない田んぼの真ん中の築堤を通るので、眺めはいいですが、風も吹き抜けます。
そうやって夕陽に染まる渥美の景色を眺めながら田原へ。
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到着しました。ここより先、かつては黒川原まで路線がありましたが、今は廃線になってます。また、黒川原より先は未成線となった延伸計画もありました。今は各方面にバスが出てます。
電車の中の広告にありましたが、豊橋から渥美線で三河田原に出て、そこからバスで伊良湖に出、さらにそこからフェリーで鳥羽に渡る、というルートもあります。
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駅を出るとこういうきれいな駅舎になってました。田原市の施設という感じにもなっているようで、渥美半島や田原市の観光案内や、ミーティングルームなどがありました。
しかし風が強い。かなり寒いので、早々に改札の中に戻りました。
乗った電車で折り返します。途中いい感じに車内に夕陽が差し込んで、中々きれいでした。渥美線はいいぞ。
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新豊橋に戻ってきました。向かいには1802F、茶色のはまぼう編成がいました。
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1806Fの中間は元デハ7400形なので、元から中間電動車の見た目をしています。対して1802Fの中間は元デハ7200形のため、先頭車の見た目です。元デハ7200形のモ1810番台(とは言ってもモ1810は先頭車なので、1811以降ですが)を組み込んだ編成の方が多いですが、時々元デハ7300形やデハ7400形のモ1850番台もいます。
それから、1802Fはシングルアームになってますね。
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モ1856の側面幕跡です。完全に埋められてますね。
さて、ここから東田本線に少し乗ります。
駅前電停を探してうろうろ。バスターミナルの隣にありました。そういえば、どうでもいいですが、豊橋駅のATMって大垣共立銀行なんですね。ちょっとびっくりしました。違うところには違う銀行のATMもあるのかもしれませんが。
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下りると780形モ783が客扱い中でしたが、すぐに発車していきました。
手前に乗車券発券機があったので、ここで行き帰りの分の乗車券を購入。市内電車は一律運賃です。時間がちょっとなさそうだったので、市役所前で折り返します。
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次の電車を待っていると、エアロスターが1台出てきました。クーラーの取り付け位置が前過ぎやしませんか・・・
因みにこの形態を持つ車は何台かいるようで、幕車で前クーラーなんてのもいました。
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電車が来ました。3500形モ3503。元荒川線7000形なので、見慣れた形です。荒川線は結構地元ですから、7000形が引退した時は結構寂しかったですね。とは言え、ここ豊橋の地ではまだ現役を続けています。
これに乗って市役所前へ。なんとなく、音は都電時代と違う気がしました。それから、車内放送を運転士さんがやる時もあるようです。
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市役所前でモ3502と並びました。本当に荒川線みたい。ドアステップが増設されてますから、それなりに独特の外観ではあるんですけどね。
ここで電車を撮ります。
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ブラックサンダーの3200形モ3201が来ました。元名鉄580形で、いかにも路面電車といったデザインの当形式。そこにブラックサンダーの派手なラッピングが意外にマッチして、結構個人的には好きです。
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モ786が来ました。元名鉄岐阜市内線の車ですが、このラッピングは岐阜市内線時代とスカートの色が似ているため、なんとなくかつての姿を思い浮かべます。
相変わらず風が強く、ものすごく寒いです。撮影していると凍えるので、結局これを撮って駅まで戻りました。
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駅前行きはモ787。足回りはGTOインバータなので、3500形と比べるとかなり静かです。
赤岩口行きはかなりガラガラでしたが、駅前行きは席が埋まってました。
駅に戻り、そのままちょっと西側に出てみました。
西側は、東側と打って変わってそこまで大きくない街の駅といった感じ。彦根や米原のような感じでした。
駅に戻り、電車に乗ります。17:02発の浜松行きでした。時間は既に17:02になっていましたが、何とか乗れました。
313系カキY2編成でした。今回は豊浜間は往復共に大垣車に乗れました。転クロはありがたい。とは言え、4連でこの時間なので結構席が埋まってます。それでも二川で結構抜けたので、そこからは座れました。
浜松からは沼津行きに乗り換えます。313系シスT6編成と211系シスLL13編成。これで草薙を目指します。
途中愛野で乗ってきたグループがいたので、座席がほぼ埋まりました。静岡でそこそこ人が入れ変わりました。
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草薙に着きました。ここに気になっていたラーメン屋があります。デイリーポータルZの記事で知った清水味噌溶きラーメン。それを出す一元本店が草薙から少し歩いたところにあります。最寄りは静岡清水線の御門台ですが、ここは草薙から歩きます。
途中ちょっと道が分からなかったりファミマに寄ったりしていたので、ちょっと時間がかかって店に着きました。
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さて、これが一元のラーメン。薄めのスープに麺ともやし、刻んだチャーシュー、そしてこんもりと盛られた味噌が特徴です。スープ単体で飲むと確かに薄めですが、そこまで薄いという感じでもありませんでした。ここに味噌を溶かすと段々味噌味が濃くなってくるので、それが結構面白い。1か所だけに集中して味噌を溶くと、濃い味と薄い味の場所が出来て、コントラストがあっておいしいです。そして、かなり量が多いです。1杯1000円で、かなりたっぷり入ってます。れんげの大きさと比べるとわかりやすいですね。これでも普通サイズです。
満足して駅に戻ります。北口は再開発中といった感じで、灯りがあまりなく、かなり暗いです。静岡銀行の大きな建物がそびえるのが不思議な感じ。
P1780532
北口はこんな感じでした。横のローソンとこの出入り口が2か所だけ明るい感じでした。
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翻って南口に出てみると、結構栄えた感じで、すぐそこに静岡清水線の草薙の駅もあるので、結構街中の駅という感じです。
この時、20:29発の沼津行きの次に20:43発の熱海行きがありました。駅員さんに聞いてみると後ろの熱海行きに乗っても変わらないということだったので、熱海行きを待つことにしました。時間が出来たので静岡清水線を撮影します。とは言え、そこまで時間もないので、ほとんど撮れませんでした。
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1000系の青帯が来ました。結構好きなカラーなので、撮れてよかったです。
20:41発に長沼行きがありましたが、これを撮ると熱海行きに乗り遅れるのが確定するので、やむなくこれをあきらめ、JR駅に戻りました。
自販機でジュースを買って一気に飲み干し、熱海行きに乗り込みます。313系シスT17編成と、211系シスLL4編成でした。
流石にかなり眠くなってきたのでウトウトしながら熱海まで来ました。
乗り換え案内が流れました。東京方面は22:09発東京行きに乗り継ぎ。UTL終了のお知らせ。そんな気はしてました。
東京行きはE233系コツE55編成とE09編成。一番前15号車に乗りましたが、ガラガラどころか乗客は自分だけ。そのまま平塚まで自分一人しか乗ってませんでした。
流石に時間的にカモレが多いです。
そしてついに23:46。東京駅に着きました。東海道線上りの終電でした。
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これの折り返しは23:54発下り最終の小田原行き。相変わらずこういう時間帯になります。
ここからは京浜東北線に乗り換えて帰着しました。

今回はさわやかと一元がメインの旅でした。食事を目的にするのもいいもんです。
とは言え、明日からまた愛好会の合宿があります。体力的にきついですが、何とか頑張ります。
合宿の記事も近いうちに上げます。
それではまた。
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いよいいよ寒くなってきました。
自分も体調を崩し気味なのは気温なのか花粉や埃なのか・・・
とにかく、皆さんも気を付けてください。

さて、今回はかなり趣向が変わります。
今回取り上げるのは海外の鉄道です。
ヨーロッパは東欧諸国、その中でもポーランドとリトアニアの鉄道。日本ではかなり情報が入りづらく、この記事を書くのも資料が少ないのでかなり短い記事になると思います。
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旧共産圏の国である両国ですが、ポーランドは独立を守り、リトアニアはソ連の一部となりました。リトアニアは平成3年にソ連から独立。ソ連から独立した初めての国となりました。双方ともに現在はEUに加盟し、リトアニアはユーロ圏にもなっています(ポーランドの通貨はズロチ)。因みに、リトアニアはユーロを使い始めたのが一昨年の1月。それより前はリタスという通貨を使っていたそうです。そんな両国は、ヨーロッパと共産圏の文化の入り混じる独特の街並みをしています。
そのうちポーランドは鉄道が発達しており、首都ワルシャワの中央駅や西駅、東駅、中央駅の近くにあるジルドミエシチェ駅には数分おきに列車が発着するという過密ダイヤ。この様を見るのはなかなかに壮観です。中央駅及びジルドミエシチェ駅は地下化されており、のりばにも人がかなりいます。
特に中央駅の駅舎はかなり立派で、首都を代表する駅に相応しい建物です。
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この写真の左下、空港のターミナルビルのような建物が中央駅。駅周辺は特にかなり都会です。
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駅の北側にはこのようなビルやホテルが立ち並び、夜景も見事なもの。
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市内にはトラムが縦横無尽に走っており、こっちもひっきりなしに連接車や連結車が走り回ります。スピードも速く、外から見ていると結構飛ばしているように見えます。
市内をほぼ南北に縦貫するマルシャウコフスカ通りは道幅が広く、真ん中にトラムの軌道があります。そこを昼夜問わずトラムもバスも車もひっきりなしに飛ばしまくります。
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そのマルシャウコフスカ通りと西駅方向から中央駅、東駅方面へと、国鉄の線路に沿ってほぼ東西に貫くアレイェ・イェロゾリムスキエ通りの交差点がセントルム交差点(上の写真の右中央に見える巨大な交差点)。ここにはトラムの電停も四方に存在し、この交差点の下には地下街もあります。巨大なラウンドアバウトを構成しているため、スペースができるんですね。
車両は主に2両連結、3車体連接、5車体連接の3種類ですが、カラーリングやデザインなどに細かな差異が見受けられる編成がいくつかあります。
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そして、マルシャウコフスカ通りの下と、アレイェ・イェロゾリムスキエ通りの北にある大通りのシフィエントクシスカ通りの下には地下鉄が走っています。東西の路線と南北の路線の2路線のみですが、かなりの利用客がいます。
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南北の路線はもちろんセントルムも通りますから、ここは地下鉄に乗る人でもにぎわいます。実はセントルム交差点の下の地下街は、直接掘り込んだ広場につながっており、そこに地下鉄の入り口もあり、横に券売機もあります。このシステムがかなり日本と違い、時間制になってたりするので注意が必要です。その代わり、トラムも一緒に使えたりします。上の写真はその入り口から地上を写したもの、下の写真の緑に光っているのが入り口です。
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さて、続いて国鉄です。ポーランド国鉄は、主なカラーリングが3種類で、インターシティに使われる濃淡ブルーの塗装、ワルシャワの近郊列車などで見ることの多い白、緑、黄、黒の塗装、そしてワルシャワ・ショパン国際空港とワルシャワ市内の連絡列車や、ワルシャワ以外の都市の列車で見ることの多い赤、白、青、グレーの塗装です。
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インターシティはワルシャワと国内各都市を結ぶ列車がほとんどで、高速鉄道と完全に言えるものがないポーランドでは、都市間特急のような立ち位置です。とは言え、日本よりずっと物価の安いポーランドでは、最速の特急と言えどもチケットは割合安く、便利な交通手段と言えます。
インターシティと一口に言っても、電車型と機関車牽引型があり、電車型は普通の(と言ってもヨーロッパの普通なので、席の方向は変えられない)特急のようなリクライニングシート、客車型はいかにもヨーロッパといった感じのコンパートメントです。とはいっても、普通の座席の客車もあった気がするので、車両によるのかもしれません。到達時間は、例えば普通に行けば5~6時間かかるワルシャワ~クラクフ間が2時間半弱という感じです。途中は流石平らな国という意味の国名を持つだけあって、どこまでも平原の広がる景色が見渡せます。因みに、ペットボトルの水を1人1本タダでくれます。
クラクフはかねてより栄えた古都で、ワルシャワを東京とすると、クラクフは京都のような感じです。旧市街には大きな広場があり、その広場は中世から残るものとしてはヨーロッパ一古いものであるそうです。
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そんなクラクフにもトラムが走っています。ワルシャワが黄色と赤のツートンだったのに対し、クラクフは青基調。車両自体はワルシャワと近い車両が走っていますが、それよりももっと古そうな車両もいます。青いトラムが古い街並みの中をゆっくり走るさまは、いかにもヨーロッパの街らしい光景です。市内には観光馬車がいるため、時折人と一緒に馬車がトラムの通過を待つ姿が見られます。
クラクフの駅はショッピングモールが併設されており、日本でも名の知れたファストフード店やアパレル店、電機量販店などが軒を連ね、かなりの賑わいを見せています。
駅前にはトラムの軌道はあるものの、この区間が未開業なようで、走っているのは専らバスのみです。他にも各地でトラムの延伸工事が行われており、道を掘り返して砂利がむき出しになった場所がいくつもありました。観光地バルバカン前の道路もそうなっており、一部の柵の間が空けられて、そこを通って道を横断するという方法をとっていました。
駅前のバス停(電停になる予定の場所)の横には電気バスの充電設備があり、ちょうど今度黒部で導入される予定の電気バスと同じようなシステムの充電設備です。他にも市内各地にあるのかもしれません。
今回行ったのはほとんどワルシャワとクラクフのみなので、他の各都市(シュチェッツィンやヴロツワフ、グダンスク、ルブリン、ビャウィストックなど)はよくわかりませんが、少なくともこの2都市はこういった鉄道事情があります。
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翻ってリトアニアは鉄道の地位が低く、首都ヴィリニュスと第二の都市カウナスの間の路線など一部に復権した路線もありますが、基本的にバスが国内の主要な公共交通機関になっています。ヴィリニュス駅は街の中心である旧市街から少し離れたところにあり、横にはバスターミナルが併設されています。駅よりもバスターミナルの方が人が多く、こういうところにもバス社会であるリトアニアの国情が見えます。ポーランドの鉄道はヨーロッパ方式の標準軌ですが、リトアニアはロシア方式の広軌のため、隣接してはいるものの、ポーランド東部の都市ビャウィストックまでしか直通できません。ヨーロッパ方面へ走る国際列車はこのビャウィストック行きのみで、他は全てロシア方面やベラルーシ方面に行きます。ミンスク行きなどの表示を見ると、つくづくすごいなと思います。それから、なぜか端ののりばに巨大なおじさんの像があります。意味が分かりません。
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リトアニア鉄道は基本的に赤を基調に、主に白やグレーを合わせたカラーリングで、電車も気動車も、機関車でも基本的にこのカラーに準じています。旧ソ連時代の車両であるディーゼル機関車2M62形やラトビア製の気動車など、中々に味のある車両も現役です。
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赤基調のリトアニア鉄道に対し、ベラルーシ鉄道は緑基調に白とオレンジ。ヴィリニュス駅に止まっているのを見るとかなり目立ちます。この国際列車が発着するのりばは他と分けられた専用ののりばで、駅の外とつながる跨線橋も、こののりばの階段だけは柵がしてあり、入ることが出来なくなっています。駅舎とつながる地下道も、こののりばのところには手前に税関があり、そこを通らないと国際列車のりばに入れない仕組みになっています。勿論ロシアもベラルーシもEU圏ではないですから、ここでパスポートを見せることで、国境での入国審査を省いているのでしょう。効率のいいやり方です。因みに、ロシアもベラルーシも日本からはビザが必要です。ご参考までに。
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すれ違う貨車にはキリル文字。おそらくベラルーシやロシアから来た列車なのでしょう。こういうところにロシアからの近さがうかがえます。なお、サンクトペテルブルクからも直通はあると思いますが(バスはある)リトアニアから近いのはどちらかと言えば隣接している飛び地のカリーニングラードです。そこから来たものかもしれません。

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ヴィリニュスの市内にトラムはありませんが、トロリーバスは走っています。旧型車と中型の新型車、大型の新型車の3車種が運用されており、赤とクリームを基調にしたカラーリングです。旧市街に入ってくることはあまりなく、旧市街の中はまるで迷路のように入り組んでいますが、ほとんど公共交通機関がないため、地図を頼りに歩くか、タクシーに乗るかしないと確実に迷います。いや、地図を見ても自分がどこにいるかが分からないといったことすら起きます。
トロリーバスは一応駅前にも来るので、STOTIS(リトアニア語で駅)と書かれたバスに乗れば駅に着けます。
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派手なラッピングバスが出るのは万国共通なようで、ここにも青一色だとか、金色のラッピングだとかバスを見ました。
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カウナスの市内もトラムはなくトロリーバスのみで、車両も基本的にヴィリニュスと同じです。カラーは黄緑一色という中々にビビッドで派手な色です。
リトアニアではほとんどこの2都市しか行ってないので、他の各都市(クライペダやシャウレイ、ニダなど)は分かりませんが、他の都市も大体こんなような感じだと思います。
さて、ワルシャワとヴィリニュス双方に鉄道博物館が存在します。
ワルシャワは中央駅と西駅の間にあるオショタ駅のすぐ横にあります。セントルムからは電停2つほどの距離ですが、歩くとこれが結構遠いです。
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ここはかつて駅として使われていたところで、かつてののりばをそのまま博物館にしたという感じです。駅舎の中は資料館になっており、なぜかアメリカなどの機関車の模型も多く展示されています。
のりばに出ると、連結器やパンタグラフなどがあり、その奥に客車やレールバス、除雪車などが保存されています。
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そしてその中でひときわ目立つのが装甲列車。こんなのを展示しているのはかなり珍しいと思います。
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その奥に入るとここは機関車がただひたすらずらーっと並べられた場所。とにかくものすごい数の機関車なので、その光景に圧倒されます。イギリスのマラード号を彷彿とさせる流線型の蒸機や、いかにも共産圏といった感じの電機など、とにかくものすごいコレクション。ただ、保存状態が思わしくないのが悔やまれます。
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奥にひっそりと自然に還りかけた操重車がいます。
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奥には貨車が数両。その奥は柵で仕切られており、博物館の敷地外になります。草ぼうぼうの中に埋もれた線路はさながら廃線跡のよう。とは言え、実際使ってはいないので、廃線と言えばそうなのかもしれません。
ヴィリニュスはヴィリニュス駅の駅舎の中に資料室があります。ワルシャワは大型模型の展示が特に多かったですが、こっちはそういうものはほとんどなく、純粋な資料室といった感じです。
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車両展示コーナーはのりばの脇。蒸機や貨車、保線車両など幅広く展示しています。電車や気動車、ディーゼル機関車、中には色を変えて今も運用されている2M62形も展示されています。
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貨車にはソ連のマーク。こういうのも貴重です。
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そして、その一角になぜか消防車(多分)がいます。かなり古い年式のものです。とは言え、この車のドア部にはリトアニア鉄道のマークがあるので、そのつながりかもしれませんね。
さて、ここまでポーランドとリトアニアの鉄道を見てきましたが、最後にこの2か国の観光地などを軽く紹介します。
まずワルシャワです。
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ワルシャワ中央駅前にはスターリンからの贈り物として建設された文化科学宮殿といういかにもな建物があります。高さは238m。確かワルシャワで最も高い建物です。ここの30階には展望台があり、市内を一望できます。特に夜は夜景がきれいです。エレベーターがやけに揺れますが。
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市街地から少し離れたところに旧市街があります。ここは昭和19年、ワルシャワ蜂起の時にドイツ軍にほぼ完全に破壊され、その後建物のひび1つに至るまでと言われるほど忠実に復元したそうです。ここには旧王宮などもあります。
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ゲットー跡には記念碑と記念館があります。少しこちらも中心部から離れたところで、旧市街からさらに北に行ったところにあります。歩けないことはないですが、トラムに乗ってもいい距離です。
他にもショパン博物館や無名戦士の墓などがあり、広い公園もいくつかあります。
続いてクラクフです。
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ここは先ほど言った大きな広場を有する立派な旧市街があります。この広場の真ん中にかつての商工会の建物があり、そこの地下は博物館になっています。ただ、結構人気のスポットのため、いつでも割合待ちます。
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横には立派な教会もあり、この教会は王家とのつながりがあるそうです。
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その旧市街から少し行ったところにあるのがヴァヴェル城です。街外れの小高い丘(というよりは小山)の上に建つ城は、ヴィスワ川を望むいいスポットです。敷地内にある教会は途中で繰り返し増築が行われたらしく、複数の建築様式が合わさった複雑な形です。
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クラクフ大学はヨーロッパ最古級の大学で、割合小ぢんまりした建物です。中庭を基本的に見られますが、歴史を感じる建物です。
他には旧ユダヤ人居住区などがあります。
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そしてクラクフから少し行ったところにあるのがオシフィエンチム。言わずと知れたアウシュヴィッツとビルケナウのある街です。ここは人類の負の遺産が詰め込まれた場所。一度は行っておきたい場所です。
続いてヴィリニュスです。
ヴィリニュスは旧市街が全体観光名所のような街で、クラクフと同じように、街のどこを撮っても絵になります。
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その中でも重要なスポットのうちの一つが夜明けの門。かなり立派な門で、外側と内側で全く違う表情を見せます。
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市内から少し行くと、見事な大聖堂が見えます。聖ペテロ・パウロ大聖堂で、この中は壁一面に彫られた見事な彫刻が見る者を圧倒します。
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市内に戻ると、大きな神殿風の建物と塔が見えます。そしてその後ろには丘と砦が。ここはヴィリニュス大聖堂とゲディミナス城。ヴィリニュスを代表する建物で、ゲディミナスの丘からは市内が一望できます。
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市内からはかなり遠いですが、テレビ塔があります。ここは平成3年の独立の際、惨劇の舞台になった場所で、バルト三国で唯一、無血での独立を成し遂げられなかった事件の舞台でもあります。それについての展示もあります。展望台からは市内のみならず、ずっと遠くまで見渡せます。ここまではトロリーバスで行くのが一番いいです。
この他にはウジュピスや大聖堂群などがあります。
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ヴィリニュス近郊には湖上に浮かぶ城を持つ湖の街、トゥラカイがあります。トゥラカイへはバスで30分~1時間ほどです。
最後にカウナスです。
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カウナスはかつて戦間期にヴィリニュスがソ連に編入されていた時、首都であった時期がありました。そのため、旧大統領府があります。リトアニアの英雄スメトナ前大統領に関する展示が多くあります。
大統領府があるなら総領事館もありました。そのうちの日本総領事館が杉原記念館として保存されています。今は改修工事中のため外観は見づらいですが、ユダヤ人に対してビザを発給し続けた杉原千畝の功績をたたえて作られた資料館です。ここは日本語が通じますし、展示も日本語でも書いてあるので、結構わかりやすいです。(写真がありませんでした)
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市内から少し行ったところにカウナス城があります。かなり小ぢんまりとした城で、見るところも少ないと言えば少ないですが、ネマン川とネリス川が合流するところに築かれた城は、開放感があります。
この他に無名戦士の墓などがあります。

ここまで日本人にとっていまいち馴染みが薄い2か国について書いてきました。
自分も漠然と東欧の国としかとらえていませんでしたが、いざ行ってみると奥が深い。鉄道に関してもですが、その他もいろいろ面白いです。あと飯が旨いのと色々安い。それから、至る所にハエみたいな感覚でハチがいます。
とにかく一度行ってみてはいかがでしょうか。
それではまた。
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お久しぶりです。先月相模原祭の記事を書いて以来、しばらく記事をアップしていませんでした。
先週の青山祭では、たくさんのお客様にご来場頂き、私としてもとても嬉しいです。
お客様に改めて御礼申し上げます。ありがとうございました。

さて今回は11月11日に尾久車両センターで開催された鉄道フェスティバルに行って来たので、その様子をアップしたいと思います。
この日は午前中に授業があったので、授業が終わってから尾久に急行します。
表参道から銀座線で新橋、新橋からは上野東京ライン籠原行に乗り換えます。
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乗った車両は国府津所属のE231系。E231系の国府津車はトップナンバーのK-01編成を除いて、6・7号車のサハは小山車からの編入車です。
国府津へのE231系導入は平成16年から始まりました。同じ年、すでにデビューしていた小山車へグリーン車を組み込む際に捻出されたサハ2両を国府津車に編入させたのです。
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尾久駅に到着。ここで1本前の小金井行で先に着いていた愛好会の友人と合流します。
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今回はJR東日本30周年を記念して、各地を走る列車が展示されていました。
国鉄型気動車好きの私としては、越乃Shu❄Kuraは見る前からワクワクしました。
普段都内では見ることの出来ない車両ばかりなので、これらの列車を目当てに来場する人で会場は混みあっていました。
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構内の架道橋を抜けて会場へ歩いていきます。
ここを抜けると、車両基地の敷地内の踏切に出ます。
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会場に到着。まず我々を出迎えてくれたのは高崎所属の12系客車。
5両が休憩用の車両として使われていました。
SLはじめJR東日本エリアでのイベント列車ではもはやおなじみですね。
内装は165系やキハ58のようなボックス席になっています。
近年では廃車も相次いでいる中、登場時の姿を留める12系も貴重な存在です。
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12系客車の隣には185系が休憩室として使われていました。
6連+4連の10両でつながっています。ムーンライトながらと同じ編成の組み方です。
2編成とも元高崎所属の200番台で、踊り子登場時のストライプ塗装でした。
185系の湘南ブロック塗装やEXPRESS185塗装も大分見なくなりました。
特にEXPRESS185は残すところ1編成のみです。
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ドアの幅の広さからして完全に急行型電車ですね。
デビュー時は転換クロスシートでしたからね。リニューアルで多少は特急っぽい内装にはなりましたが。
そういえば尾久に185系がいるのも珍しいですね。普段は大宮か田町の電留線にいますからね。
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歩き慣れない線路の上を歩いていくと、キハ40・48越乃Shu❄Kuraが展示されていました。
こちらは上越妙高・十日町側の1号車です。車両はキハ48です。
この列車は平成26年にデビューし、十日町から長岡・直江津を経由して、上越妙高まで運行しています。
たまに新潟や越後湯沢からも運行しています。
車内では地酒を飲んだり、新潟の食材にこだわった食事を食べたり、地元ミュージシャンの生演奏を聴くことが出来ます。
座席数が少ないので、乗車時期によってはプラチナチケットと化します。
いわゆる乗車1か月前の「10時打ち」でも取れないことがあります。
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反対側の先頭車はキハ40です。
越乃Shu❄Kuraは1・2号車はキハ48、3号車はキハ40です。
キハ40とキハ48の違いは、キハ40は1両で走行可能な両運転台車なのに対し、キハ48は片運転台車です。
ちなみにキハ47はキハ48の両開きドアバージョンです。キハ40・48は片開きドアです。
内装はリゾート列車仕様になっていますが、外観は種車の面影をよく残しています。
越乃Shu❄Kuraは車内見学もやっていましたが、並んでいる人が多かったので断念しました。
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一ノ関~気仙沼を走るキハ100のPOKEMON with YOUトレインが展示されていました。
キハ100とキハ110の違いは、キハ100は16m級車ですが、キハ110は20m級車です。
平成24年にデビューしたこの列車は、今年の夏にデザインを一新しました。
新デザインのカラーリングはピカチュウを意識しています。
車体側面にもピカチュウのイラストが描かれています。
この列車がデビューする前には、JR四国所属のアンパンマントロッコが多度津から東北まで出張したのが懐かしいですね。
キクハ32と相棒のキロ185が保安装置の関係で、電化区間ではEF510、非電化区間ではDE10に牽引されていた姿が印象的でした。もう5年も経つんですね。
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1両で展示されていた24系です。この車両は北斗星で使用されていたものです。
ドアが引き戸になっていたり、極寒地対応に改造されています。
時間帯によって出すヘッドマークを変えており、この時間帯は北陸のヘッドマークを出していました。
24系は北陸では使われたことは無いので、ネタ幕ですね。
この車両含め、尾久には5両の24系が所属しています。そのうち廃車にならないかが心配ですね。
機関車の展示に行く前に、グッズの販売コーナーに行きます。
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サボのレプリカなど様々な商品を売っていました。私はこの銘板キーホルダーを購入。
平成29年に総合車両製作所で製造された車両は、ざっと思いつくだけでE721系の1000番台、E233系、E235系、E531系、EV-E301系、E353系など色々あります。
友人はこの銘板のシールと、カレンダー付路線図を購入していました。
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機関車の展示スペースに行くと、ちょうど転車台のEF81-81が回転を始めていました。
この車両は昭和60年のつくば万博の際に、お召し列車を牽引しました。
その後はローズピンクに戻ったり、北斗星塗装になったりしていましたが、平成26年にこの塗装に戻りました。
この日は前面に日章旗(交差する部分に金のJRマークがついています)が掲げられていました。
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所属表記には「御召」と書かれていますね。
普段では見られない珍しいものを見ることが出来ました。
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機関車の展示スペースに行くと、「茶ガマ」の愛称で知られるEF64-37、EF65-1102号機、こちらも御召機牽引の経験があるDD51-842、去年秋田から田端に移ったEF81-139が展示されていました。
これまたネタに近いヘッドマークが掲げられています。
EF64はカシオペア紀行でこのヘッドマークを掲げることも一応ありますね。
ヘッドマークの展示もありました。エルムのヘッドマークを見て思わず私は懐かしさを感じずにはいられませんでした。
エルムはGWや夏休みの多客期に北斗星のサポート列車として、上野~札幌間を運行していました。
北斗星とは異なり、食堂車と個室の無いオール開放式B寝台車の列車でした。
小さいときに上野駅の13番線に母と見に行きました。そのときはEF81のカシオペア塗装が先頭に立っていました。
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DE10が並んで展示されていました。2両とも高崎所属の車両で、入れ替え用として尾久に常駐しています。
大宮や木更津にいるDE10も高崎所属の車両です。
DE10はまだあちこちで見れますね。
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機関車は反対側のエンドには異なるヘッドマークが掲げられていました。
ちなみにEF81にゆうづるのヘッドマークが掲げられていました。
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機関車の展示スペースを後にし、HIGH RAIL1375へ。
今年デビューしたこの列車の種車はキハ110・100です。
震災の影響で廃線になった路線もあり、余剰になっていた小牛田と盛岡の所属車を1両ずつ改造しています。
小海線の車窓が楽しめるように窓を向いたシートやボックスシートの内装が特徴的です。
小海線は景色がきれいなので、また乗りに行きたいですね。
9月に乗りに行った時は、小諸から小淵沢までほぼ立ちっぱなしでした。
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1号車のキハ100についている銘板です。
キハ100は元々盛岡に所属していました。2号車のキハ110は小牛田に所属していました。
銘板を見ると、車両の遍歴が分かるので、銘板を観察するのも面白いです。
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展示線にはカシオペアのE26系が展示されていました。
12号車はラウンジカーではなく、カニ24を改造した電源車のカヤE27が連結されていました。
カシオペアはEF81時代からよく上野や宇都宮線沿いで撮影していました。
高校は駒込にあったので、高校時代も上野まで見に行ってました。
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車庫の近くにあった、ディーゼルカーやディーゼル機関車に給油するスペースです。
普段は電化路線にしか乗らないので、これまた珍しいものを見れました。
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一通り展示を見て満足し、公開終了時間も近づいていたので尾久を後にします。
上野行の電車は15番ホームに到着。16番ホームに651系が止まっていたので撮影します。
未だに高崎線の特急に入っていることに違和感があります。
上野の地平ホームに止まっていると、スーパーひたちと思い込んでしまいます。
ここから京浜東北線に乗ろうと思ったら、抑止の表示が出ていました。
時間調整かと思ったら、大井町付近で線路内人立ち入りのため抑止がかかっていたそうです。
隣のホームの山手線に乗り継いだら、案の定ラッシュ状態でした。
まさか、休日のイベントの帰りでこんな目に合うとは…
新橋で友人と解散して、駅前の古本市を物色しましたが、めぼしいものは無かったので地下鉄で帰宅しました。

今回のイベントでは、今まで見たことのなかった車両を見ることが出来たのでとても満足です。
今度は実際に、これらの列車に乗ってみたいと思いました。
来年も時間があればまた尾久に行きたいです。

最後までお読みいただきありがとうございました。
それでは今回はこの辺りで失礼致します。
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